2010年07月28日
東海道五十三次 マラニック

本日、東海道五十三次を藤枝まで32kmのマラニック(マラソン+ピクニック)
に行って来ました~!
8:20出発!
走り始め、快調!
駿府公園で第1回、トイレ休憩。
暫く走るとナンだかおかしい・・・
痒い、痒い、かゆ~~~!~~~~っ!!
膝下だけが、集中的に痒い!
痒すぎて、熱い!
100M走っちゃ、ボリボリを繰り返し、走れない。
商店街のど真ん中、思わず大声で
『なんなんじゃい、こりゃ~~~!?』と叫ぶ。
痛くても走れるけど、痒いと走れないものだと気付いた。
仕方なく、止まって、冷やすことに。
ん?
よく見ると、凸凹?
ゲッ!!
蚊。
蚊に刺された後が十数か所も!
畜生ッ!
鉄分で満たされているあたしの血は、そんなに美味かったんかい。
さっきの駿府公園だ!
あそこでやつらの大群に襲われたんだ!
・・・・・と、
理由がわかれば、ケロッとしたもので
暫くすると足の痒みも治まり、楽しくRUN。
安倍川橋を渡り、丸子へ。
とろろで有名な丁字屋はお休みだった。
丸子から先が怪しいので、昨日珍しく用意した地図を見ることに・・・
ん?地図?
んんんんん、、、、、、ぬあ~~~~い!(ない)
太平洋自転車道の上、思わず大声で
『なんなんじゃい、こりゃ~~~!?』と叫ぶ。
でも、地図があっても無くてもどうにかなると気付いた。
ンマ、どうせ見たってわかんないよな~。
人に出会ったら、聞こう!
・・・・・と、
ケロッとしたもので、楽しくRUN続行。
「道の駅・宇津ノ谷」で道を聞き“宇津ノ谷峠越え”をすることにした。
石畳の階段を上っていくと、一人の老人がぽつんと座っていた。
「ここがホントノ東海道だったところだよ。」
と私を相手に話し始めた。
上ってくる人をず~っと待っていたのだろうか?
話し始めると止まらない。
明治のトンネルの説明から始まり、戦争に行って帰ってきたのは
300人中6人だった。生き残りは情けない。数学は大事だ。
先日も、明治のトンネルが、、、、、、、。
「おじいさん。その、明治のトンネル!通れる?
私そこに行きたいの。」
やっと明治のトンネルの話に戻ったところで、おじいさんとさようなら。
時計を見ると、15分間おじいさんのお話しを伺っていたのだった。
昔の戦争やいろんな体験をゆっくりと聞いていたかったけど、残念。
時間が余りない。
おじいさんの言うとおり途中に分かれ道があった。
その先の一方には、明治のトンネル。
もう一方には、大正のトンネルがあった。
明治のトンネルを行こう!
と決め、トンネルの中を10mも走ると、、、、、
ナンだか、、、、
ものすごい圧迫感。寒い。息がつまる。怖い。
「ナンマイダ~。ナンマイダ~。」と言いつつ、慌てて引き返した。
やっぱり、大正のトンネルにした。
あ~~~~、大正の方が安心して走れた。
こうして、宇津ノ谷峠越えは、無事に楽しく終え、岡部に出た。
家族とよく来た『玉露の里』には立ち寄らずまっすぐ208号線を走り続けた。
この先、もう一度、『なんなんじゃい、こりゃ~~~!?』
が待っているとは知らず、
淡々と走り続けるのであった。
つづく。。。。。