2014年08月16日
子ども連れ介護帰省

ただ今、介護帰省中。
こんにちは。minoです。(*^o^*)
圏央道開通したため静岡から3時間で到着。近くなったなぁ。埼玉。
早速、病院に直行。病院の廊下を車椅子で自走できる様になった母を発見!こちらには気づかない。子どもたちがサプライズで、母の前を何気なく歩いて見るも気づかない。娘が、
「おばあちゃん!」\(^o^)/
の声をかけると一瞬にして顔がクシャクシャになる。 息子が、
「おばあちゃん!」\(^o^)/
と、声を掛けると仰け反り驚いた。
目にいっぱいの涙を溜めて「わからなかったよ。わからなかったよ。大きくなっちゃって〜。」
後は想像通りの「ゴメンね…」が始まった。
リハビリのお陰で母の残存能力はかなり向上して来ている。この病院はリハビリでは有名らしく、150人のPT、OT、STの専門家集団を抱える。技能もハートも素晴らしい方々に母はとても感謝している。
倒れて、右半身麻痺が残り、リハビリで書いた自分の名前を見せて
「自分の名前なのに、こんな字しか書けないの。悔しくて、情けなくて、惨めでね、リハビリの先生方や大勢の患者さんのいる前で、こんなはずじゃなかったって、ワーンワーン大泣きして、リハビリの先生を困らせてしまったの。下手でしょ。欲深いかな?…」と話す。

娘が「麻痺した手で書いたの?昔からのおばあちゃんの味の字が上手く書けているじゃない。」
息子が「マジ、俺の字より上手い…」とぼそりと言うと、これには誰もが納得した。
母は元気を取り戻し、リハビリの様子、病院での生活、これからの人生について話し出す。
対話する母と子どもたちを眺めながら、この17年間を振り返る。

生きるって、歴史って、家族って….
明日、墓参りをして静岡に帰る。
また、すぐに来るからね。
2014年08月14日
富士山 大砂走りを走りたくなる時

あー落ち着かない気分。
こんばんは。minoです。(´・_・`)
こんなの久しぶり。
白山ジオトレイルのカウントが始まってから、遠足を指折り数える小学生になってるなぁ。ドキドキワクワクモヤモヤ。
こんな時こそ、スカッとするぞぉ、富士登山!…行きたいっ‼︎
しかし、今週末は、介護帰省。
倒れた母に、二人のデカくなった子どもを合わせに連れ帰る。
子どもたちは、不自由になってしまった母を見て何を感じるのだろう?
きっと母は泣くだろなあ。孫がデカくなった分、自分の生きて来た歴史を振り返り、そして「ゴメンね。おばあちゃん、こんなになってしまって。話し上手く出来なくて、聴き取り辛くてゴメンね。あなた達が大学に行く迄頑張るつもりでいたのにね。」と言うんだよな、きっと。あゝ、想像ついちゃう。母は楽しみにして待っているというからね。
白山ジオトレイルを走る事は、母には言えない。100kmウルトラマラソンでも心配するくらいだから。言えないし、言わない。子どもたちにも口止めして置かなくては。
あゝ、内緒事なんかするから落ち着かないんだよね。
介護帰省から戻ったら、富士登山行こっと。モヤモヤブチ切る、大砂走りを駆け抜けるぞー!

2014年07月09日
介護だよ!ピンチがチャンス!

私にとって、介護はピンチか?はたまたチャンスか?
こんばんは。minoです。
介護のために静岡から埼玉に頻繁に通うとなると私的に困ることとは…
1.経済的な負担が増す
2.学習の時間が減る
3.トレーニング時間が取れない
そこで、ピンチをチャンスに変えちゃおう!はい、一挙解決‼︎
今回は高速を車でぶっ飛ばすのは辞めて、静岡→東京は高速バス。東京からJRで川口に移動し、そこからは、「緑のヘルシーロード」をランニングで上尾まで。(35km)うわ〜い\(^o^)/
高速バスは安価!しかも3時間の読書タイムが確保できる!更に、電車なら途中下車してランニング可能!
自分自身が大事にしていることを削ってばかりでは、終わりの見えない介護は、続かないよねぇ。
だから、楽しむことを用意するのも大事!充電、充電!
親孝行しながら自分のやりたいこともできるなんて、幸せ…と思えば、介護も悪くない。
高速バスも予約完了!
でも、、、デカイ台風がピンチかな?
いやいや、大雨の中、カエル気分を味わうチャンス!
今週末はこれにて行って来まあす
\(^o^)/

2014年07月08日
親の介護が始まるとき

おはようございます。minoです。
母が倒れて、只今、我が兄弟+嫁の4人のヘラホラチームは、てんやわんやの忙しさ。いつもはヘラヘラホラホラしている私たちもこんな時には一致団結!チームワークはバツグンです。
私は、これまで学んで来たことを活かすことができるチャンスと捉えています。寧ろ、この日のために学んで来たともいえます。
私自身は義父と実母、妹は義母と実母の要介護者を抱えています。
ホラホラ、見渡せば超高齢者ばかりなり。
ライフサイクルの変化により超高齢化社会、晩婚化、高齢出産が重なり、我が家でも只今、親の介護と自分の更年期と子どもの思春期がいっぺんに来ています。
まるで毎日、遊園地。
楽しかったり、怖かったり、ワクワクしたり、諦めかけたり、待つこと、笑い、泣き、、、忙しい日々、賑やかや日々を送らせていただいています。
もちろん、隙間利用で走ってます。登ってます。
昨日、母の介護の帰り、埼玉から静岡に帰る途中に思い立ったが吉日「夜間弾丸富士山詣り」で富士山に登ってきました。吉田口から初登山。山頂は悪天候で猛荒れ状態。
荒れ狂う山頂に立ち、母や家族のことを思い「全てのことは必然、そして私はこうして生きている!」とただ、確認するためにだけで登った富士山は、真っ暗で何も見えなかったけど、頑張りの力をくれました。
来年より介護サービスの内容の見直しが実施されます。
自己負担の引き上げ
サービスの縮小
介護支援環境は更に厳しくなります。だからこそ母の最期を母自身が決めて行けるようにヘラホラチームは寄り添います。(^。^)


2014年03月30日
生きるということの手本
週末はいかがお過ごしでしたでしょうか?
こんばんは。minoです。
最近は、facebookにメッセージを書くことが多く、ブログは久しぶりとなっていました。
さて、週末は、一泊二日で埼玉の実家に帰省してきました。
春休みの娘を連れて、久しぶりの親孝行です。
4月に84歳になる母は、これまであまり弱音を吐かずに来ました。
最後まで、できれば自立した生活をしたいと選択し、今でも一人暮らしで頑張っています。
近くに住まう長男夫婦も心配して同居を申し出ること数回。
母は「有難いが、今のままを続けたい」と言ってきました。
自由には責任が伴います。
自由気ままに生活したいといっても、高齢であることで、大変なことも増えて来ているはずですが、
気丈にも頑張っている母は私の生きる手本です。
そんな母も平均寿命に近づいてきた今「身体的にも精神的にも一段違った段階になってきたな・・・」
と感じられ、淋しく思うと同時に私自身の覚悟も決めていかねばならないと感じました。
52歳の私が、84歳の母にまだまだいろんな意味で頼っているのを確認したのです。
遠く離れていますが、なるべく会いに帰ろうと思います。
友達も多く、何不自由なく生活している母ですが、一人暮らしでの不自由は「話し相手」ではないでしょうか?
楽しい内容の電話も頻繁にしていきたいと思います。
*************
「電話」 柴田トヨ
漸く起きあがって
電話に出ると
結局は何かの
セールスだったりする
断ると 猫撫で声が
不機嫌になって
ガチャリと きれる
楽しい話ばかり
つないでくれる電話
どこかにないかしら
*************
母は、柴田トヨさんのように明るく頑張りたいと、彼女の本を身近においていました。
2014年02月02日
偏見より笑顔

おはようございます。。
カワイ~イおばあちゃんになりたいminoです。
2013年に101歳でお亡くなりになった柴田トヨさんの『先生に』
という詩は、とても考えさせられます。
**********************
『先生に』
私を
おばあちゃん と
呼ばないで
「今日は何曜日?」
「9+9はいくつ?」
そんなバカな質問も
しないでほしい
「柴田さん
西条八十の詩は
好きですか?
小泉内閣を
どう思いますか?」
こんな質問なら
うれしいわ
**********************
ああ、なんて正直で可愛らしい素敵な詩なのでしょう。
でも、多くの高齢者の方々がこのように感じているのではないかと思うのです。
残念ながら、認知症診断の一つの方法として『そんなバカな質問』をすることがあります。
認知症の方であっても、大いに傷つくし、大いに喜び、楽しむのです。
どんな方も自尊感情は無くならないのです。
ですから、質問の内容によっては
「(馬鹿らしくて)答えられません。」「馬鹿にしないでください。
」と腹を立てたり
「悲しくなるわ」「なんでそんな質問されなきゃならないの?
」とがっかりされる方もおられます。
相手に失礼になるような質問でも、診断だから仕方がないのでしょうか?
お年寄りで認知症をお持ちだから、感情も薄い・・・などということはないのです。
もっと配慮できないものかと、私は、とっても悲しく思えるのですが・・・
認知症の方は、苦しかったこと、辛かったこと、嫌だったこと、怖かったこと・・・という
ネガティブな感情や思い出は意外と残っているものの、過去の楽しかった思い出は
記憶の断片としてしか残っておられない方が多くおられます。
私がminoおばあちゃんになったら、わずかにしか残らなかったな楽しい思い出をそのままに、
残り少しの人生は、誰とでも愉快で楽しい話をして過ごしたいと願います。
だから、 偏見を捨てて、笑顔を向けて
oominoちゃん(おおみのちゃん・・・大きいminoちゃん) と
呼んで
「今日はどのお着物にしましょうか?」
「STAP細胞がすごいそうですよ。」
などと話してほしいわ。
2012年12月31日
嫁の介護

ごきげんよう(^-^)
義父の里帰り介護を無事、事故もなく終えることができ、長男の嫁としてはホッと一息。
早速、自分へのご褒美に佐渡の地酒‘真野鶴’を引っ掛けています。
いひひ。
今回、介護度5のお義父ちゃんを自宅にて介護するには、たとえ2泊3日でも、緊張の連続でした。
それでも、この時のためにと、介護を勉強し資格を得て、施設においての実践経験を積んで来ていましたから、介護環境として整備されていない自宅でも臨機応変に対応することができました。
お義母ちゃんは、久しぶりに自宅に戻ったお義父ちゃんと過ごすことができ、嬉しかったようで、精神安定剤になったようです。
よかった!よかった!
お義父ちゃんも、家族の皆(義母ちゃん、姉やその夫、私)に感謝していました。
よかった!よかった!
そして、私も、お義父ちゃんとの約束が守れて満足でした。
よかった!よかった!
…へぇ〜そんなに良いことばかりだったんだ〜!?…
って?
いえいえ、と〜〜〜〜んでもありません。
家族たちは、介護をすることに慣れておらず、それぞれが緊張と興奮と不安な感情を持てあまし、時にぶつかり、時に励まし…波瀾万丈でした。
大きな軋轢もありました。
思いも寄らない義姉の憤怒から発せられた罵倒に呆れたり悲しくなったり…。
理不尽であっても、その場を明るくしないと悲しむのは義父だと心に言い聞かせ、悔しさに車を走らせその中で泣きました。
しかし、いつも義父母の身近に暮らす義姉もそこまで追い込まれていたのだと気づき、苦労をかけてしまっていたことを詫び、改めて感謝の言葉を繰り返し伝え続けて来ました。
今回、嫁としての立場で介護することの難しさや辛さや喜びをたくさん知ることができました。
勉強になりました。
そして、良い介護とは、、、、
介護される側(お義父ちゃん)とする側(私)の信頼関係の上に成り立ちます。
もう一つは、介護される人(お義父ちゃん)の周囲の家族たちの思いを受け止めながら、それらと調和を取るよう調整し介護にあたることが大事である。
ということです。
介護はチームプレーです。
互いに良かれと思い一人先走ることは、反ってよい結果を生みません。
しかし、今回は、本当に貴重な、よい経験ができました。
嫁としての立場での介護の大変さを身を持って知りました。
今回の経験から『嫁さんの介護』を応援できる介護心理士になろう!
と、新たな意欲となりました。
うははは。
さて、大晦日の今夜は、誰が何と言おうと、自宅で思っきり飲み明かします。
わ〜っはっはっは〜。
2012年01月08日
12月の読書 その2

●『介護入門』モブ ノリオ・著
2004年、芥川賞受賞作品
マリファナを吸い吸いニートの孫が祖母の介護をするという小説。
祖母の介護を通してのケアラーだけにしか分からない苦労や喜びが伝わってくる。
介護する当事者の思いとは・・・・
「介護」というものの本質が描かれていると思った。
●『いわゆるボケですか。認知症ですか?』三浦克哉・著
簡単に読めて、わかりやすい本。
認知症の医療・研究を30年間なさってこられたドクターが書いた本。
アロマテラピーと認知症についても書かれており、新しい分野でありもっと知りたいと思った。
●『介護基礎学』竹内孝二・著
とても分かりやすく書かれていて、現場で使える介護の教科書として使用したい。
痴呆を、葛藤型、遊離型、回帰型の3つに分類した“痴呆の三類型”で有名な先生。
●『認知症ケアの基礎知識』認知症ケア学会
認知症に絞ったその基礎知識としては、教科書として使用していきたいもの。
●『介護技術学』三好春樹・著
三好春樹氏は介護、看護、リハビリ、医療、心理や思想領域にまで大きな影響を与えている介護を実践する人。
医療、福祉業界への批判の舌鋒は止むことがない。
これは、一つの考え方、捉え方としても興味深く、介護の方法も勉強になる。
三好氏の書かれたシリーズを読破してみたい。
●『当事者主権』上野千鶴子、中西正司・著
3年前くらいに読みましたが、何度読んでも目からうろこがぼ~ろぼろ。
まだまだ私の中には、思い込みや偏見があるということを自覚できました。
上野先生の力強い文章は、気持ちを引き締めてくれます。
何度読んでもよい本だと思いました。
以上。
まだまだ、継続中です・・・・
2012年01月07日
12月の読書 その1

昨年12月は、介護や認知症に関する本を中心に読書しました。
ちょこっとまとめてみました。
●『一本の手すりから』金沢善智・著
その方にあった福祉用具と出会えれば、障害を得たからといって、「自立」を諦める必要はない。
「在宅介護」を支える人と用具のお話。
●『元気の出る老人介護』三好春樹・著
「臭い、汚い、給料安い」と言われる3Kの介護職。
しかし私にとっての介護の3Kとは
「貢献(社会に貢献できる仕事)、向上(自分自身が向上できる仕事)、幸福(人様の幸せを願う尊い仕事)」
の3Kであると思っていますが
この考えを後押ししてくれたのが、この本!
介護職に夢が持てて、元気になりますよ!
●『精神医療に葬られた人びと』織田淳太郎・著
著者自身が精神科病院に入院し、レポートをしています。
“社会的入院”といわれているものの内実を明らかにしています。
日本の精神医療や福祉の遅れている姿が浮き彫りに。。。。
知らないとは、何と恐ろしいことか!見過ごしてよい問題でしょうか?
●『痴呆老人」は何を見ているか』大井玄・著
「私とは何か?」「世界とは何か?」・・・痴呆状態にある老人から見えてくるものがある。
著者はそれを医学と哲学の両義から解き明かしている。
とても難しい本だが、人間の根源的なものとして、生きる、老いる、自我とは・・・について
心理学的、哲学的考察で綴られており読み応えがあった。
一読では理解に至らなかった。何度も読み返したい本。
●『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』上野千鶴子、古市憲寿・著
社会学者の上野先生が若者の介護不安にズバリ応えます。
とても分かりやすい介護の本。
若者よ!今こそ腹をくくれ!
つづく
2012年01月06日
安寧な環境を保つ

「自分にとって通常、あるいは健全であった状態から、いきなり何物かが欠けると心の安定性を失する。」
という経験をしたことはありませんか?
たとえば、
・毎年、届いていた人からの年賀状が来なくなった・・・「どうしたのかしら?」と心配になる。
・いつも通る道が工事中で通行止め・・・「不便だな」と不満に思う。
・これまで健康には自信があったのだが、病気が見つかった・・・「治るかな」と不安になる。
など
そうあって当たり前だと思っていたことが突如変化したときの困惑や不安感。
**************
その困惑や不安感や悔しさや煩わしさを一気に感じる事件が起こったのです!
この正月2日に鎌倉駅前のマックでポテトを食べていたところ
「ガキッ!!」と歯に当たるものが。
「むむむッ!こりゃイカン!!マックともあろうものが食品に異物混入か!!??
」
と思ったところ・・・
なははは、minoの奥歯の被せが取れちゃったのでした。
「ゲッ!!!歯が歯が歯が・・・」とマックでの大騒ぎ。
正月早々に奥歯の被せが取れ、治療も出来ずに、食事をするたびに頬をかむこととになり
口腔内環境が健全であることが、いかに生きていく上で大切なるかを身に染みて感じております。
奥歯の被せが欠けただけで、この数日はスッキリとせず、いつも口腔内が気になっています。
食事も片側の歯で食べる困難さから、食べることさえ面倒くさくなっています。
「安寧な環境を保全する」
とは、いかにも大切なことであります。
高齢者の方が、大きな環境変化(家を建て替える、引っ越す、大事な人を失う・・・など)によって
認知症状が現れたり、認知症が進行してしまったりすることがありますが
「安定した環境、安全な状態、自分にとっての通常が維持されていること」。。。
とは、安寧な生活を送っていく上で見逃せない大切な条件であると
奥歯の被せを失って、つくづく感じています。
とほほほ
2012年01月05日
介護の世界

『子育ち・親育ち&発達障害の理解に近づく支援活動』という形で
平成18年度より地域活動をしながら、地域の皆様の中で育てていただきましたわたくしですが、
自分自身の子育ても一息ついた今、
気が付くと、私自身が歳を重ね、親の介護をする年齢となって参りました。
これまでの『子育ち・親育ち支援』とともに
新しい取り組みとして、昨年の11月より介護職についての勉強を始めています。
まずは、ヘルパー2級を取得し、介護現場での仕事と学びを通して
『認知症をもつ方の理解に近づきたい』
『認知症の不思議さの理解に近づきたい』
『高齢者の心に寄り添う生活をしたい』と願っています。
ヘルパー2級取得の訓練を通して
“介護”と“子育て”における”介護者”“養育者”としてのあり方における共通性を
少しずつ見出してきています。
今までの活動や学びが土台にあり、これまでの経験は、決して無駄になることはないと感じています。
日々、新しいこと、難しいことに出会い、頭も身体もフル回転です。
残りの人生を掛けての目標に向かって今、走り出しました。
数年後には、形あるものとして結実したいという意気込みです
今年は、ウルトラマラソンを存分に走り抜け
また、minoの自身の“ウルトラ人生”をも楽しみま~~~す
介護の世界のお話も少しずつお伝えできたらいいな~と思っています。
2011年11月15日
問題意識を持ちながら

日本の少子高齢化には歯止めがかからない。
世界でも少子高齢化現象の現れている国は多々あるが、
日本ほど短期間のうちにそれが進んだ国は無いのです。
つまり、世界を見渡しても、この現象に対応する手本となる対応策は無いのです。
日本がその先頭をきって走っているのですから。
これまで、日本は、外国のものをまね、学び、独自の物に作り変えてきた歴史があります。
が、少子高齢化現象に対するモデルが無い今、この国の形に見合ったものを
考え出し作り出さなければならないところにきているのです。
バブルが崩壊し、もう経済は右肩上がりにはならない中で、
私たちはどこに向かって生きていけばよいのでしょうか?
年金だけでは暮らしていけない時代が来ています。
富裕層も貧困層も年寄りも若者も男も女も・・・・
皆、区別無く、いずれと歳をとりながら高齢者へと向かっていきます。
誰もが、安心して歳を取れる。年寄りが尊重される国。
・・・そんな国がしあわせな国なのではないでしょうか?
そこで、私に何が出来る?
目の前に繰り広げられる社会現象を
「困ったな~不安だな~」と眺めているだけで
何もせずに歳をとるのはminoの性分が許しません。
幾つになっても問題意識を持ちながら
その問題に主体的にかかわって行きたい!生きたい!と思っています。
私が高齢者になったときを見据えながら
少しでも朗らかに歳を重ねていける社会になったらと願い
その第一歩を大きく踏み出しました。
2011年11月13日
わかりやすい介護の本

『おひとりさまの老後』を書かれた上野千鶴子氏は
私の大好きな社会学者。
最近は、介護に関する分野でもご活躍されていて、、、
この度出版された『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』(光文社新書)は
上野千鶴子氏と古市憲寿氏の共著ですが
今の若い方々にも身近に介護の現実と実態を知っていただける良い本だと思います。
読んで見てはいかがでしょうか?